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神戸地方裁判所 昭和50年(行ウ)12号 判決

原告 田中清申

被告 明石市

主文

本件訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一(一)  主位的請求の趣旨

被告が、昭和五〇年三月二五日、農業振興地域の整備に関する法律八条の規定に基づき定めた農業振興地域整備計画のうち魚住―一地域の別紙目録記載の農地にかかる部分の農用地利用計画を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  予備的請求の趣旨

被告が昭和五〇年三月二五日、農業振興地域の整備に関する法律八条の規定に基づき定めた農業振興地域整備計画のうち別紙目録記載の原告所有の土地に対する農用地区域の指定処分はこれを取消す。

二  主位的及び予備的請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文第一項同旨

(本案の答弁)

原告の請求は、いずれも、これを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告は、別紙目録記載の一六筆の土地(以下、「本件土地」という。)の所有者であるが、兵庫県知事は昭和四八年二月一三日、農業振興地域の整備に関する法律(以下、単に「農振法」という。)に基づき本件土地外原告所有地四筆を含む明石市の一部地域を農業振興地域に指定した。

(二)  被告は、右農業振興地域の指定に基づき、同法八条の農業振興地域整備計画の案を作成し、昭和四九年八月一四日、その旨公告するとともに、同法一一条によりそのうち農用地利用計画の案を縦覧に供した。

(三)  右農用地利用計画案は本件土地を含む明石市魚住町金ケ崎・西島長坂寺についてこれを魚住―一地域(以下、「本件地域」という。)とし、同法八条二項一号の農用地区域と指定したうえ本件土地等を農用地として利用することを内容とするものである。

(四)  原告は右計画案について異議の申出をしたところ、昭和四九年一二月六日、被告は右異議の申出を棄却する旨の決定をした。そこで原告は兵庫県知事に対して審査の申立をしたところ、昭和五〇年二月一九日、同知事は本件土地以外の原告所有土地については原告の申立てを容認したが、本件土地については棄却する旨の裁決をした。

(五)  その後、被告は前記案に従つた農業振興地域整備計画(以下、「本件整備計画」という。)について、昭和五〇年三月二五日、兵庫県知事の認可を得てこれを決定している。

(六)  しかしながら本件地域を農用地区域と定めた農用地利用計画(以下、「本件農用地利用計画」という。)は違法である。先づ、本件農用地利用計画は、手続上、地域農業者の意見を全く聴取せずになされたものである。

農業振興地域のうち農用地の指定をうけると、転用、売買の制限等、私人の権利制限を内容とする法的効果が生じるので、これら行政計画の策定に当つては、基礎調査として説明会の開催、個別の意向調査等を行ない、農振法の趣旨を正確に相手方に伝え、相手方の納得のもとにこれをなすべきであるのにかかわらず、被告はこれらの手続を全くなしていないし、説明会等は行つた形を整えている程度である。

(七)  つぎに市町村が定める農業振興整備計画のうち農用地区域の設定については昭和四四年一〇月一日付「農業振興地域の整備に関する施行について」と題する農林事務次官通達においてその基準が示されているにも拘らず、被告が本件地域を農用地域と定めた本件農用地利用計画は右基準を全く無視したものである。

本件地域の周辺には、各中小工場、営業所等が立ち並び、また国道二号線、明姫幹線、西明石―江井ケ島環状線に囲まれた土地である。

また本件地域の農業従事者には専業農家はなく、サラリーマン生活の傍らの兼業農家が多く、農業後継者もおぼつかないのが実情である。原告は一代限りの農家であり、後継者はいない。

本件地域の周囲の農地は、坪当り金一〇万円以上の相場であるが、農振法のうち農用地の適用を受けると半永久農地となるので、周辺農地との交換価値に著しい隔差を生むことは必定である。農振法に売買についての規定はあるが所詮農作物の収益から逆算した財産価値以上に出るものではないであろう。

そうすれば、私人の財産権の保障も空文以外の何物でもない。

以上の事実により農振法の適用の前提である農業就業人口、農業従事者の経営に対する意欲或は農業者の組織的な活動の状況などからみて、農業経営の近代化が図られる見込が確実であるとはいえず、本件行政計画は将来に展望なく、その妥当性を欠くものといわざるを得ない。

(八)  被告の本件行政計画に対する不誠実な態度は行政行為の瑕疵となるものである。即ち、被告は、昭和五〇年三月二八日柳井地区農業振興地域指定反対期成同盟に対し、計画案の作成に亘る調査等の不備を認め、本件計画処分を白紙にもどす方向で県当局に中止の手続をとることを確約し、又同月一七日にも同趣旨の約束をしていながら、何等の交渉手続もなしていない。

(九)  よつて、原告は、被告の本件整備計画のうち、本件地域に対する本件農用地利用計画の取消を求め、仮りに、同地域の取消が求められないとするならば、本件土地に対する本件農用地利用計画(農用地区域の指定)の取消を求めるのである。

二  本案前の抗弁

農振法八条による本件整備計画は行政事件訴訟法にいう抗告訴訟の対象となる行政処分ではなく、従つて、そのうちの本件農用地利用計画も同様抗告訴訟の対象となる行政処分ではない。即ち、同法一一条によつて定められた本件農用地利用計画は直接特定の国民個人に向けられたものではなく一定地域の農用地を振興しようとする法規範定立行為というべきであり、ただその地域に含まれた農地については同法一七条によつて農地転用は困難にはなるが、本件農用地利用計画そのものによつて土地に具体的な権利変動を生ぜしめるものではないから右計画はいずれも抗告訴訟の対象となる行政処分と言うべきでない。

三  請求原因に対する認否、及び被告の主張

(一)  請求原因(一)ないし(五)の事実は認める。

(二)  本件整備計画及び本件農用地利用計画には原告主張のような違法はない。

(1) 被告の本件整備計画はその計画策定にあたつては充分に民意を反映させているものである。即ち、被告は、農会、自治会を通じて住民の意向を徴し、又住民一般を対象に説明会を開催し、又個々の住民の意向も充分調査した。

(2) つぎに、本件地域は、明石市魚住町大字西島・金ケ崎・長坂寺の区域面積概数六〇ヘクタールで、勿論、市街化調整区域であつて被告市において最大のまとまりを有する集団農用地である。本件地域に接続する市街化区域には工場、事業所、住宅等が存在するが、公道に面した部分に沿つて立並んでいるところ、公道に面しない農地は農業を続けている現状である。一九七五年農業センサスの調査によると、柳井部落においては、専業農家二戸、農業を主とする兼業農家(一種兼業農家)三戸、農業を従とする兼業農家(二種兼業農家)三六戸となつているが、専業農家が少なく兼業農家が多いのは全国的な傾向であつて本件地域のみの特殊事情ではない。更に、高度経済成長の時代が去り、食糧自給の重要性が認識されている現在においては、見直しの気風となり、兼業農家といえども農地を手離し、完全に農業生産を放棄しようと考えている農家は少なく、片手間に又は家族の者が力を合せて農業を維持し、食糧確保に努めているのが現状であつて、そのため作業効率向上の施策が強く望まれているのである。原告主張のどの地点が坪当り金一〇万円であるか明らかでないが、恐らく市街化区域の通路に面した一部の土地を指しているものと思われる。農用地区域は、そもそも、市街化調整区域であつて、市街化を抑制する区域である。従つて右両区域は土地を利用する観点が違うので比較の対象としてとらえるのは不適当である。そして、農振法一三条によれば整備計画の変更が認められているので農振法の適用をうけると半永久農地になるときめつけるのは当らない。また、同法一三条の二交換分合の規定における交換分合計画もこれを強制的に行う性格のものではなく私人の財産権は保障されている。

農用地区域の農地と市街化区域の農地との交換価値については、土地を利用する観点が異ることによる差であつてその必要とする利用度合の大小によつて生ずるものである。原告が一代限りの農家で後継者がいないために土地を手離すのは個人の自由意思によるものであつて、隔差そのものが私人の財産権の侵害とはならない。又、土地は手離さないが農業を継続できない場合は、小作権の伴わない農地の利用即ち同法一五条の二により農地の賃貸借が出来るので私人の財産権は充分保障されている。

同法六条三項の農業振興地域の指定は、都市計画法七条一項の市街化区域と定められた区域で農林大臣との協議がととのつたものについてはしてはならないと規定されているように、農業振興地域の指定は市街化調整区域において積極的に行なうことにしている。そうして右指定を行なうには一定規模以上の核となる農用地が必要であり、この核となる農用地の規模の最低基準を定めたものが指定基準である。

本件地域は集団的に六〇ヘクタールの農用地がある地域で、被告市最大の集団的優良農用地地域であり、「農業振興地域の整備に関する法律の施行について(昭和四四年一〇月一日農政第五〇〇〇号農林事務次官通達)、同(同日農政第五〇〇一号農林省農政局長通達)」による農用地区域設定基準の団地規模おおむね一〇ヘクタール以上に該当し、位置並びに地形及び地域農業者の意見等を考慮して整備を行ない生産性の高い集団的優良農用地として確保するのに適当な地域である。

(3) 被告は、昭和五〇年二月二六日、柳井地区農業振興地域反対期成同盟(原告を含む二八名)より農業振興地域指定反対の陳情を受けたのである。

然しながら、被告には不誠実な態度はないし、行政行為の瑕疵とされるものもないのである。

被告の職員前経済部長訴外本多正明が原告ら反対派との間で談合した際、「柳井地区の農業振興地域の指定については白紙にもどることを前提に県に対して中止すべく変更手続をとる。」旨の約束をしているのであるが、右は「地域全体の問題であるので地域関係住民全員が農業振興地域の指定を白紙に戻すことに一致すれば県に対して変更手続をとる。」趣旨のものであることは関係者の証言により明白なところである。

四  本案前の抗弁に対する原告の主張

農振法一一条二項によれば、市町村の定める整備計画のうち農用地利用計画に対し異議のある者は異議の申出をなすことができるものとし、同条四項により異議に対する決定については更に知事に対し審査の申立ができるものと規定している。そして同条六項によつて右異議の申出及び審査の申立については行政不服審査法による異議申立及び審査請求の規定が準用されることとされているのであるから農振法による異議の申立及び審査請求は行政不服審査法に対する特別法として同法の一般規定によるまでもなく争訟を許すものとして農振法に明文化されているのである。

而して、行政不服審査法による審査請求が可能とされる行政処分については全て抗告訴訟が許されるものであることは行政事件訴訟法八条の規定よりして当然のことである。

被告は、本件農用地利用計画が原告の私権について、何等具体的な変動を及ぼさないから行政処分性を有しないと主張するけれども右計画により農用地とされた土地については農地法一七条により転用が制限され、かつ、同法一四条により右計画に指定された用途に供すべきことが義務づけられているのであるから原告の私権に対する重大な制限が課せられているものというべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  農振法は、自然的、経済的、社会的諸条件を考慮して総合的に農業の振興を図ることが必要であると認められる地域(農業振興地域)について、その地域の整備に関し必要な施策を計画的に推進するための措置を講ずることにより、農業の健全な発展を図るとともに、国土資源の合理的な利用に寄与することを目的とするものであつて(同法一条)、都道府県知事は、農林大臣の承認を受けて定めた農業振興地域整備基本方針に基づき、農業振興地域を指定し(同法四条、六条)、指定地域内市町村は、都道府県知事の認可を受けて農業振興地域整備計画を定め(同法八条)、右計画に基づいて農業振興地域の整備を図ることと定められている。

そして、農用地利用計画は、市町村が、右整備計画の一環として、農用地等として利用すべき区域及びその区域内にある土地の農業上の用途区分を定め、もつて農業振興の基盤となるべき農業用地の確保、農業基盤整備の計画的な実施及びその効果の維持保全並びに農業構造の改善の推進を図るため、農業振興地域における農業上の土地利用の計画化を図ることを目的とするものであるから、右計画が策定されると、市町村長は、農用地域内にある土地の所有者等に対し、その土地の農用地利用計画において指定した用途に供すべき旨を勧告することができ(同法一四条)、都道府県知事は、右勧告に従わない者とその土地を右の用途に供するため所有権等を取得しようとする者で市町村長の指定を受けた者との間の所有権の移転につき必要な調停を行うことができ(同法一五条)、国及び地方公共団体は農用地利用計画を尊重して農用地区域内にある土地の農業上の利用が確保されるように努めなければならず(同法一六条)、また、農林大臣及び都道府県知事は、農用地域内にある農地の転用許可に関する処分を行うにあたつては農用地利用計画において指定された用途以外の用途に供されないようにしなければならない(同法一七条)とされているのである。

二  然し乍ら、農用地利用計画は、右の如く、国や地方公共団体或は農地転用許可権者に対しては法的拘束力を生ぜしめているが、農用地域内にある土地の所有者の権利義務を直接規制するものではない。前記のとおり、同法一四条の土地利用についての市町村長の勧告の規定は、市町村長に対する法的拘束力を規定するも、原告主張の如く私人に対する義務を規定したものでなく、又同法一七条の農地等の転用制限についての規定も、転用許可権者たる行政庁(農林大臣、都道府県知事)を拘束するにすぎず、私人に対し直接法律上の効果を生ぜしめるものには非ず、この点の原告の主張は独自の論であり採用の限りでない。而して、農用地区域の設定により、地価が低下したり農地の転用が困難となるとしてもそれは、右計画が国や地方公共団体或は農地転用許可権者に対し、前記のような一定の法的拘束力を生ぜしめていることの反射的不利益に過ぎず、右計画は、特定の個人に向けられた具体的処分とはいい難く、従つて、農用地利用計画は、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当る処分」に当らないことは明らかである。

三  尤も、農振法一一条は、農用地利用計画案について市町村に対する異議の申出や都道府県知事に対する審査の申立の手続を定めているが、農用地利用計画の案の段階では、未だ何等の法律行為がなされていないのであるから、そもそも行政不服審査法の対象となりうる処分その他の行為はなく、本来なら行政不服審査法による不服申立ては認められないのであるが、特に、土地の農業上の高度利用の見地からみてより実効性のあるものとするとともに関係権利者の利益を不当に損うことがないように、特に設けられたものであつて、同条八項に行政不服審査法による不服申立てをすることができないと定めているのも、以上のことを法文上明確にした宣言的規定と解すべきである。従つて、同条に農用地利用計画案に対する異議の申出や審査申立ての手続を定めてあることを以て、原告主張の如き、同条の規定をもつて行政不服審査法に対する特別法として同法の一般規定によるまでもなく行政争訟を許すものとして農振法に明文化したものであるとの解釈は独自の論であつて採用できないところである。

以上によれば、本件農用地利用計画は直接、私人の権利義務を規制するものではなく、いわゆる行政処分性を欠くから、原告は、本件地域乃至本件土地にかかる部分の本件農用地利用計画の取消を求めることは許されないというべきである。

四  そうとすると、本件訴はいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中村捷三 住田金夫 池田辰夫)

物件目録〈省略〉

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